2010.01.24 Sunday
なぜお茶がより温かいと感じるか?
とある職員室での教員の世間話。
(オチは科学的ではありませんのであしからずー)
職員室には給茶器(お茶サーバ)があって、冷たいお茶と温かいお茶を
自由に飲むことが出来ます。
A教員がお茶を持ちながらB教員に話しかけてます。
A教員:「熱量保存の法則ってあるよね?」
B教員:「はい」
A:「同じ温度のはずなのに、飲むとお茶の温かさが違うんだよね」
B:「何がどうゆうことですか?」
A教員はぬるいお茶を飲むために
給茶器の熱いお茶ボタンと冷たいお茶ボタンを1回ずつ押して
混ぜて飲むらしい。
(世間話がこれまた教師っぽい!)
A教員いわく、この同じ温度になるはずのお茶が、
いれる順序で飲んだときの温かさが違うとのこと。
これは熱量保存の法則と矛盾するんじゃない?と話しかけていた。
1) はじめに温かいお茶いれて、あとから冷たいお茶をいれる
2) はじめに冷たいお茶いれて、あとから温かいお茶をいれる
ボタンで出るお茶の量は一定なので、
順序が異なっても結果は1と2は同じ温度なんだけど
どうも1の方が温かいという。
A教員:「なんでだろうね。不思議だよね」
B教員:「なんででしょうね?」
さてさて、
横でその会話を聞いていた僕はこう答えた。
僕:「それはきっと○○○が○○○だからじゃないですか?」
A:「なんか難しいこと言うね〜」
と、A教員はいったけど、そんなに難しいことじゃない。
僕:「それはきっと○○○が○○○だからじゃないですか?」
↓
僕:「それはきっと「入力」が「2つ」だからじゃないですか?」
といったのです。 この2系統からの温度の入力で温度に対する感覚が
「増幅」されたと考えました。視点を変えれば「錯覚」と言えるのかもしれません。
えっと、1の順序では、はじめに温かいお茶いれるとまず湯のみの温度が上がる。
つぎに冷たいお茶をいれると、中身お茶はぬるくなるけど、湯のみの温度は温かい。
(逆に2の順序(はじめに冷たいお茶)だと湯のみはしばらく冷たい。)
そんなまだ温かい湯のみを持った手から「温かいなぁ」と感じている。
お茶を飲むときにA教員は手と口から温度の「入力」がある。
A教員にとって手に持った温かい湯のみによって、「より温かいお茶だ」という感覚が
「増幅された」というか「勘違い」が起こったのでしょう。(科学的根拠はないです)
僕が注目したのは、人は錯覚や思い込みを当たり前のようにする生き物だということ。
あと、「熱量保存の法則」っていう言葉のような科学的な言葉だけで
安易な判断をしてはいけないということ。
人の行動にともなう分析では時間軸と物事の変化があるわけで、
瞬間や結果をきりとって考えるんじゃだめ。
「その感覚は勘違いだよ」で終わらすのではなく、
事実、A教員が「温かいな」と感じた事実を分析し
その勘違いを活かした方が場合によって有効だと思うのです。
間違った情報で熱いと思い込んでいたら、
実はものすごく冷たくても 触った瞬間「熱い!」と勘違いしてしまうことありませんか?
なにかデザインするとき、とくにインタラクションやインタフェースを
デザインするときにその視点を忘れてはいけないと思っています。
「勘違い?それはすごい!脳みそ不思議!人間ってすごい!」
この職員室でかわされた会話がいい例になるなと思ったのです。
皆さん科学的でもなんでもない素人の意見でしたが、
長いエントリお付き合いいただきありがとうございます。
正しい解説や仮説、意見あったらコメントおねがいします。
勉強させていただきます。
(オチは科学的ではありませんのであしからずー)
職員室には給茶器(お茶サーバ)があって、冷たいお茶と温かいお茶を
自由に飲むことが出来ます。
A教員がお茶を持ちながらB教員に話しかけてます。
A教員:「熱量保存の法則ってあるよね?」
B教員:「はい」
A:「同じ温度のはずなのに、飲むとお茶の温かさが違うんだよね」
B:「何がどうゆうことですか?」
A教員はぬるいお茶を飲むために
給茶器の熱いお茶ボタンと冷たいお茶ボタンを1回ずつ押して
混ぜて飲むらしい。
(世間話がこれまた教師っぽい!)
A教員いわく、この同じ温度になるはずのお茶が、
いれる順序で飲んだときの温かさが違うとのこと。
これは熱量保存の法則と矛盾するんじゃない?と話しかけていた。
1) はじめに温かいお茶いれて、あとから冷たいお茶をいれる
2) はじめに冷たいお茶いれて、あとから温かいお茶をいれる
ボタンで出るお茶の量は一定なので、
順序が異なっても結果は1と2は同じ温度なんだけど
どうも1の方が温かいという。
A教員:「なんでだろうね。不思議だよね」
B教員:「なんででしょうね?」
さてさて、
横でその会話を聞いていた僕はこう答えた。
僕:「それはきっと○○○が○○○だからじゃないですか?」
A:「なんか難しいこと言うね〜」
と、A教員はいったけど、そんなに難しいことじゃない。
僕:「それはきっと○○○が○○○だからじゃないですか?」
↓
僕:「それはきっと「入力」が「2つ」だからじゃないですか?」
といったのです。 この2系統からの温度の入力で温度に対する感覚が
「増幅」されたと考えました。視点を変えれば「錯覚」と言えるのかもしれません。
えっと、1の順序では、はじめに温かいお茶いれるとまず湯のみの温度が上がる。
つぎに冷たいお茶をいれると、中身お茶はぬるくなるけど、湯のみの温度は温かい。
(逆に2の順序(はじめに冷たいお茶)だと湯のみはしばらく冷たい。)
そんなまだ温かい湯のみを持った手から「温かいなぁ」と感じている。
お茶を飲むときにA教員は手と口から温度の「入力」がある。
A教員にとって手に持った温かい湯のみによって、「より温かいお茶だ」という感覚が
「増幅された」というか「勘違い」が起こったのでしょう。(科学的根拠はないです)
僕が注目したのは、人は錯覚や思い込みを当たり前のようにする生き物だということ。
あと、「熱量保存の法則」っていう言葉のような科学的な言葉だけで
安易な判断をしてはいけないということ。
人の行動にともなう分析では時間軸と物事の変化があるわけで、
瞬間や結果をきりとって考えるんじゃだめ。
「その感覚は勘違いだよ」で終わらすのではなく、
事実、A教員が「温かいな」と感じた事実を分析し
その勘違いを活かした方が場合によって有効だと思うのです。
間違った情報で熱いと思い込んでいたら、
実はものすごく冷たくても 触った瞬間「熱い!」と勘違いしてしまうことありませんか?
なにかデザインするとき、とくにインタラクションやインタフェースを
デザインするときにその視点を忘れてはいけないと思っています。
「勘違い?それはすごい!脳みそ不思議!人間ってすごい!」
この職員室でかわされた会話がいい例になるなと思ったのです。
皆さん科学的でもなんでもない素人の意見でしたが、
長いエントリお付き合いいただきありがとうございます。
正しい解説や仮説、意見あったらコメントおねがいします。
勉強させていただきます。











